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FAPI 2.0 入門

FAPI(Financial-grade API)は、OpenID Foundation が策定する OAuth 2.0 + OIDC のセキュリティ要件です。OAuth / OIDC が任意として残している選択肢のうち、本番環境で攻撃に使われやすいものを 使えないようにする ためのプロファイルです。

もともとは Open Banking 向けに作られました。英国・豪州・ブラジルでは、銀行とフィンテック間の OAuth に FAPI 相当の安全水準が求められます。最近は医療、政府デジタル ID など、「RFC に従っています」だけでは監査が通らない領域にも採用が広がっています。

Open Banking とは何か

「Open Banking」は、利用者が銀行のパスワードを渡さずに、サードパーティアプリへ 口座データの参照や支払開始の権限を委任 できるようにする規制枠組みです。代表例は英国の PSD2 由来 Open Banking(2018)、ブラジルの Open Finance(2020)、豪州の Consumer Data Right(2020)で、いずれも技術要件として FAPI を採用しています。規制対象でなければ FAPI を準拠目的で使う必要はありません。ただし、CVE 級の脆弱性を避けたい場面では、同じプロファイルを既定の出発点に据える価値があります。

このページで触れる仕様

なぜ「OIDC + ベストプラクティス」ではなくプロファイルなのか

OIDC と OAuth 2.0 では多くの選択肢が任意のままです:

  • authorize 要求はクエリ文字列のまま流せる
  • redirect_uri は部分一致でもよい
  • 署名アルゴリズムに RS256noneHS256 を含められる
  • クライアント認証に client_secret_basic(長寿命の共有秘密)を使える

これらの「任意性」はそれぞれ過去に CVE 級の脆弱性を生み出してきました。

プロファイル は「この配備では選択肢を固定する」という契約です。FAPI 2.0 は安全な部分集合を選び、それ以外を禁じます。これにより適合確認が「議論」ではなく「チェックリスト」になります。

FAPI 1.0 と FAPI 2.0

FAPI 1.0("Read-Only" / "Read-Write" の 2 区分)への参照を見かけることもあります。FAPI 2.0 はその後継です。より単純で、形式的に検証された脅威モデルを持ち、認証取得もしやすくなっています:

FAPI 1.0(依然現役)FAPI 2.0
区分Read-Only / Read-WriteBaseline / Message Signing
authorize 要求の経路任意の request JWTPAR 必須
送信者制約mTLS または holder-of-keyDPoP または mTLS 必須
response_typecode id_token(hybrid)も許可code のみ
アルゴリズムリストクライアントメタデータで交渉固定の許可リスト
FAPI 1.0 の Read-Only と Read-Write の違い

FAPI 1.0 には区分が 2 つありました。Read-Only はデータ取得だけを行う使い方向け(残高参照アプリなど)、Read-Write は状態変更を伴う使い方向け(決済を起票するアプリなど)で、要求署名・応答署名・holder-of-key などの追加要件がありました。FAPI 2.0 はこの分割を廃止しています。サードパーティが介在する時点で脅威モデルが同じであることが分かったためです。代わりに Baseline と Message Signing で選び分け、後者はセキュリティ境界を増やすのではなく 後から否認できない証拠 を加える、という整理になりました。

go-oidc-provider は FAPI 2.0 を対象にしており、FAPI 1.0 は対象外です。

Baseline と Message Signing

FAPI 2.0 は 2 段構成です。

FAPI の各層が足すもの
FAPI 2.0 の層構造。基盤仕様は選択肢を広く残しており、Baseline がその上に安全な必須要件を固定し、Message Signing が署名付きリクエスト・署名付きレスポンス・DPoP nonce を追加して、後から否認できない証拠を残します。FAPI 2.0 Message SigningBaseline のすべてに加えて JAR・JARM・DPoP nonceリクエストとレスポンスの両方を、後からでも検証できる状態に保つop.WithProfile(profile.FAPI2MessageSigning)監査証跡非否認性FAPI 2.0 BaselinePAR · PKCE · DPoP または mTLS · ES256 · redirect_uri の完全一致op.WithProfile(profile.FAPI2Baseline)最低安全要件OAuth 2.0 + OpenID Connect基盤仕様。選択肢が多く、組み合わせ次第では危険なものも残る通信路
上の層ほど選択肢を減らしているだけで、新しいプロトコルは足していません。Baseline は基盤仕様から危険な組み合わせを外したものです。だからこそプロファイルの適用はハンドラの書き換えではなく、オプション 1 つで済みます。

FAPI は別仕様ではありません。OAuth 2.0 と OpenID Connect の安全な使い方を固定するプロファイルです。図で基盤仕様の横ではなく上に積んでいるのはそのためです。

Baseline — 必須要件の最低ライン

Pushed Authorization Requests(PAR)、JAR、PKCE、DPoP または mTLS、OP 発行物の ES256 署名、FAPI で許可されるクライアント側署名アルゴリズム、redirect_uri の完全一致、private_key_jwt によるクライアント認証。mTLS は送信者制約に使えますが、tls_client_authself_signed_tls_client_auth は token endpoint で処理されません。どの FAPI 2.0 配備にも求められる最低水準 です。

Message Signing — 後から否認できない証拠

Baseline に加えて、JARM(authorize 応答を署名する)、DPoP nonce 必須、RS 側の応答署名を求めます。JAR は Baseline ですでに必須で、authorize 要求自体を署名 JWT にします。すべての要求・応答が暗号学的に発信元へ結びつくため、後から「その要求・応答は送っていない」と否認しにくくなります。

UK Open Banking と Brazil Open Insurance は Message Signing を必須化しています。

message signing は何を得る仕組みか

「message signing」とは、業務上の各メッセージ(authorize 要求、authorize 応答、API 要求と応答)を送信者が JWS で署名してから送ることです。受信者は、送信者が公開した鍵で署名を検証します。署名そのものが署名者を名指すため、後日になっても「そんなものは送っていない」と言い逃れしにくくなります。Baseline は 通信路 の安全性を担保し、Message Signing はそこに 監査証跡 の層を上乗せします。資金が動く、または取り消し不能な操作を伴う取引では、Message Signing が必要になりやすいです。

JWS とは何か

JWS は "JSON Web Signature"(RFC 7515)です。署名付きデータを表す構造で、JWT の土台でもあります。JWT は、中身が標準 claim の JSON object になっている JWS と捉えるのが正確です。FAPI が「署名付き authorize 要求」「署名付き応答」と言うときは、中身が要求 / 応答オブジェクトの JWS を指します。署名アルゴリズム(ES256PS256)も JWS 層の概念です。

各略号が実際に何をしているか

PAR — Pushed Authorization Request (RFC 9126)

古典的な OAuth では、RP が /authorize?... の URL を組み立て、すべてのパラメータをクエリ文字列に乗せてブラウザにリダイレクトさせます。間に挟まる主体(ブラウザ拡張、中継プロキシ、Referer 漏洩、サーバログなど)はパラメータを見られます。

PAR では、RP がまずパラメータを OP の /par エンドポイントへ サーバ間で直接 POST します(クライアント認証付き)。OP は短寿命の request_uri(例: urn:ietf:params:oauth:request_uri:abc...)を返します。ブラウザは /authorize?request_uri=urn:...&client_id=... にリダイレクトされ、OP は内部で元のパラメータを引き当てます。

結果: 機微なパラメータがブラウザを通らない。

request_uri とは何か

authorize パラメータをサーバ側にいったん預けた「預かり票」への参照です。PAR は URN 形式の request_uri(OP が約 60 秒間だけ保持する 1 回限りの行を指す)を返します。ブラウザはその URN と client_id だけを /authorize に渡し、OP が内部で預かり済みのパラメータと結びつけます。request_uri という仕組み自体は PAR より先に存在しており、RFC 9101 では HTTPS URL 上の request JWT を取りに行く用途にも使われます。PAR はそれを「OP 自身が保持する」「1 回交換したら消える」用途に特化させたものです。

JAR — JWT-Secured Authorization Request (RFC 9101)

PAR は「パラメータが OP に機密で届く」ことを保証します。JAR は 「正規の RP から来た」ことを OP が暗号学的に検証できる ようにします — パラメータは RP の秘密鍵で署名された JWT として渡され、OP は登録済みの公開鍵で署名を検証します。

PAR + JAR の組み合わせで、authorize 要求の サーバ間配送発信元の暗号学的な確認 の両方が手に入ります。

JARM — JWT-Secured Authorization Response Mode

JAR の応答版です。OP は authorize 応答codestateiss など)を JWT に署名して返し、RP が署名を検証します。これにより「OP が確かにこの code を私に発行した」という非否認性が得られます。

FAPI 2.0 Message Signing で必須。

DPoP / mTLS — 送信者制約

発行されたアクセストークンを、正規クライアントが保有する鍵に結びつけます。トークンが漏れても鍵がなければ使えません。仕組みは 送信者制約 を参照。

ES256 / PS256 — なぜ RS256 ではないのか

RS256(RSA-SHA256、PKCS#1 v1.5 パディング)は padding-oracle 攻撃や鍵混同攻撃に対して構造的に脆弱です。OIDC Core では今も許容されていますが、FAPI 2.0 では禁じられています。PS256(RSA-PSS)と ES256(P-256 上の ECDSA)が安全な代替です。go-oidc-provider は OP 発行 JWT を ES256 のみで署名し、FAPI 下のクライアント署名オブジェクトでは PS256ES256EdDSA だけを受け付けます。RS256 は FAPI の公開面から外れます。

アルゴリズム許可リスト — なぜ「交渉」ではなく「固定」なのか

古典的な OAuth では「クライアントと OP が対応アルゴリズムを互いに広告して、使うものを交渉する」やり方が一般的でした。問題は、片方が弱いアルゴリズム(noneHS256、PKCS#1 v1.5 の RS256)を広告した時点で、偽造トークンを通してしまう経路ができる点です。FAPI は集合をあらかじめ固定します。OP の discovery 文書には対応アルゴリズムが載りますが、サーバ側はリスト外を受理しません。ヘッダに何が書かれていようと無関係です。本ライブラリも、各 alg 設定を「許可リストを広告し、サーバ側で強制する」形で扱います。

private_key_jwt — FAPI クライアント認証

Confidential クライアントは token endpoint に対して自身の身元を証明する必要があります。FAPI 2.0 は、非対称鍵を使う 3 方式に絞っています。

方式出典提示するものOP 側の検証
private_key_jwtOIDC Core §9登録済みの秘密鍵で署名した短い JWT(isssub = 自分の client_idaud = token endpoint、expjti)を client_assertion として /token 要求に乗せる登録済み JWKS で署名検証
tls_client_authRFC 8705 §2.1.1TLS ハンドシェイクで提示する X.509 証明書構成済みのトラストアンカーに対してチェーン検証し、登録済みの subject DN / SAN と突き合わせ
self_signed_tls_client_authRFC 8705 §2.2自己署名の X.509 証明書CA チェーンは辿らず、証明書の公開鍵を登録済み JWKS と突き合わせ

いずれも client_secret_basic の落とし穴(長寿命の共有秘密が一度漏れると、気付かれないまま破綻が続く)を回避します。

実装メモ: token endpoint クライアント認証経路として接続されているのは private_key_jwt です。mTLS verifier は内部にあり、mTLS によるトークンの結びつけは接続済みですが、tls_client_auth / self_signed_tls_client_auth は token endpoint の認証方式としては振り分けされません。mTLS は /token のクライアント認証方式ではなく、送信者制約として使ってください。

FAPI 2.0 と RFC の対応表

FAPI は プロファイル であり、OAuth や OIDC を作り直しているわけではありません。既存の RFC のうち「実装すべきもの」「捨ててよいオプション」「禁じる選択肢」を絞り込むのが役目です。下表は FAPI 2.0 の各区分が要求 / 任意 / 禁止としている RFC の一覧で、「FAPI が X を要求しているのは分かったが、X 自体は何の仕様か」という疑問に行単位で答えます。

Spec / RFCFAPI 2.0 BaselineFAPI 2.0 Message SigningFAPI-CIBA
OAuth 2.0 (RFC 6749)必須必須必須
OIDC Core 1.0必須必須必須
PKCE — S256 のみ(RFC 7636)必須必須対象外(CIBA はフロントチャネルなし)
PAR (RFC 9126)必須必須対象外(CIBA は /bc-authorize に POST)
JAR (RFC 9101) — 署名付き request object必須(PS256ES256EdDSA必須(PS256ES256EdDSA必須
JARM — 署名付き authorize 応答任意必須対象外(CIBA はフロントチャネルなし)
DPoP (RFC 9449) または mTLS (RFC 8705)いずれか必須いずれか必須いずれか必須
Resource Indicators (RFC 8707)任意任意任意
authorize 応答の iss パラメータ(RFC 9207)必須必須対象外(CIBA はフロントチャネルなし)
OAuth 2.0 Security BCP (RFC 9700)必須必須必須
Token endpoint クライアント認証private_key_jwt。FAPI 仕様上は tls_client_auth / self_signed_tls_client_auth も許可されるが、本ライブラリでは mTLS は /token クライアント認証ではなく送信者制約として使う同左同左
client_secret_basic / _post / _jwt禁止禁止禁止
ID トークン署名 algES256同左同左
alg=none禁止禁止禁止
RS256(旧来の RSA-PKCS1v15)禁止禁止禁止
HS256 などの HMAC 系 alg禁止禁止禁止
redirect_uri 完全一致必須必須対象外(リダイレクトなし)
リフレッシュトークンのローテーション + 再利用検出(RFC 9700 §4.14)必須必須必須
送信者制約付きアクセストークン(RFC 7800 cnf必須必須必須
サーバ側でのアクセストークン失効(FAPI 2.0 SP §5.3.2.2)必須必須必須
ライブラリでの有効化オプションop.WithProfile(profile.FAPI2Baseline)op.WithProfile(profile.FAPI2MessageSigning)op.WithProfile(profile.FAPICIBA)

いくつかの行については本文で補足しておきます。

なぜ DPoP mTLS のどちらかで十分なのか。 どちらも、発行されたアクセストークンを正規クライアントが保有する鍵に結びつける仕組みです。トークンが漏れても鍵がなければ使えません。選択は安全性ではなく運用上の都合で決まります。既存 PKI / プロキシ構成にどちらが馴染むかで選んでください。仕組みの詳細は 送信者制約 を参照。FAPI プロファイルは「どちらか 1 つが有効であること」を要求します。どちらも明示されていない場合、op.New は mTLS 終端の前提が不要な DPoP を既定として選びます。feature.MTLS を明示した場合は、その選択が尊重され DPoP 既定は追加されません。

なぜ JARM は Message Signing で必須、Baseline では任意なのか。 Message Signing の主目的は「応答 の署名」であり、要求の署名だけではありません。後から否認できない証拠をそろえるのがこの区分の役割で、authorize 応答はその契約の半分を占めています。Baseline は PAR で通信路の安全性を担保すれば足り、応答署名は Message Signing で追加される、という整理になります。

本ライブラリにおける「禁止」の意味。 プロファイル検査はリクエスト時ではなく op.New の段階で走ります。Baseline プロファイルの OP は client_secret_basic クライアントを登録できず、ID トークン署名 alg として ES256 以外を広告できず、構成が受理される前に 1 つもトークンを発行しません。alg 禁止を支える closed enum 設計は設計判断 #11 に、DPoP / mTLS のどちらか一方を全ハンドラで一貫して解決する *config ヘルパー方式は #7 に記録されています。

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go-oidc-provider での 1 行有効化

go
import (
  "github.com/libraz/go-oidc-provider/op"
  "github.com/libraz/go-oidc-provider/op/profile"
)

op.New(
  /* 必須オプション */
  op.WithProfile(profile.FAPI2Baseline),
)

WithProfile は次をまとめて行います:

  1. feature.PAR / feature.JAR を自動有効化。
  2. token_endpoint_auth_methods_supported を FAPI 許可リストに絞り込み。token endpoint のクライアント認証経路には private_key_jwt を使い、mTLS は送信者制約付きアクセストークンに使います。
  3. 送信者制約 feature として、明示された feature.MTLS を尊重し、未指定なら feature.DPoP を既定として選ぶ。
  4. OP 発行 ID トークンを ES256 にロックし、P-256 でない OP 署名鍵を拒否。
  5. redirect_uri の完全一致を強制。

プロファイルと矛盾するオプションを後から重ねると op.New が起動を拒否します。中途半端な FAPI 構成がレビューを抜けて本番に出ることはありません。

Message Signing にしたい場合は profile.FAPI2Baselineprofile.FAPI2MessageSigning に差し替えるだけです。適合性テストは両プランを検査します(OFCS 適合状況)。

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